関根薫園先生を偲ぶ
3月2日(月)

去る一月二十二日、書道研究墨技会会長関根薫園先生(浦安市堀江)がご逝去され、
三月二日、当山にて本葬儀が営まれました。
朝の散歩で会うたびに「たまには出てきなよ。」
「はい、そのうちに、・・・」を繰り返していて、近所だからいつでも習いに行けると甘え、
ここ何年も他の事を優先させて先生のもとへ通うことはありませんでした。
思えば二十年以上前、私が中山の荒行を終えた頃、法事の席で先生とお会いし、
お坊さんは筆を持つ機会が多いのだから基礎から習った方がいいよ、
と勧められ門を叩きました。すでに私の祖母も母も関根先生の弟子でしたから、
これで親子三代弟子というわけです。
「一」の字の書き方から習いました。横棒一本書く事がこんなにも難しいものなのかと、
今まで塔婆書きなどで筆は持っていましたが、横棒一本の奥の深さに愕然とした事を覚えています。
 又、先生には普段の添削とは別に、お守りや、檀家さんの名前などでバランスのとりにくい字の
手本を書いて頂きました。何年も休んではフラ〜っと顔を出し、又数年休んでしまう、
いつも書道を後回しにしてしまって、いつの間にか二十年。
にもかかわらず、いつも先生には暖かいお言葉をかけて頂き本当に感謝しております。
 「自分の字が上手く見えるようになったら、おしまいだぞ。進歩はないぞ。」とよく仰ってました。
他にも添削時に教えて頂いたことが、書のみならず、ものの考え方や生き方に通ずるものが沢山ありました。
 今更、遅いと思いますが、幸いにも入門当初からの添削用紙が残っております。
先生はよく「休んでも止めなきゃいいんだ。」とも仰ってました。
又、「一」から先生のお顔や声を思い出しながら、
ゆっくりと亀のごとく、カタツムリのごとく、常精進致します。
千字文はまだ途中までしかお手本を書いてもらっていませんので、
又後の世にて必ずお目にかかり是非書いて頂きたいと思っております。        合 掌 

  

<当山にある関根薫園先生の書>